認識と読譜

運指と並んで,ピアノを演奏する上で悩ましい問題のひとつに,読譜があります.これは読んで字のごとく「譜面を読むこと」ですが,ただ読んで意味がわかればいいというものではなくて,「譜面の通り演奏できること」という暗黙の意味を秘めています.この読譜について,少し科学的に検証できる余地がないかを考えてみたいと思います.

読譜は,脳の働きとしては本の朗読とよく似ているところがあります.朗読は,脳内では次のステップが意識的に,また部分的には無意識に行われています.

  1. 視野の中から文字の書いてある場所を判別する.
  2. それぞれの文字の意味を認識する.
  3. 文字の並びで構成される「単語」を予測しながら認識する.
  4. 「単語」の並びから「文章」の内容を予測しながら認識する.
  5. 認識した内容に合わせて単語を発音する.

この,太字で書いた「予測しながら」というところが実は重要だったりします.個々の記号を読む速度は意外に速くありません.ある程度文字の並びから,そのあとに続くべき文字を予測しながら読んでいるので,単純に個々の記号を読むよりも速く読めているのです.例えば次の2つの文字列を声に出して読んでみてください.

かむしるこにじさとばさがんいしむしかあとろおいんおあんすでまた.
むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました.

2つの文字列で,使っている文字の種類と数はまったく同じなのですが,おそらくは下のほうが数倍速く読めたかと思います.これは,文字の並びから「次に来るべき文字,単語」を,過去の経験からある程度予測しているからです.さらに,次の文章を読み比べてみてください.

なんぶのひゃくこうすいあすのかくりつはぱーせんとかながわけんです.
かながわけんなんぶのあすのこうすいかくりつはひゃくぱーせんとです.

これも下の文字列のほうが,数倍とはいわずともすらすらと読めると思います.単語それぞれはきちんと並んでいても,予測と違う並びで単語が続いていると読みにくいという例です.もうひとつ例を挙げてみます.

千葉県北部の明日の天気は,晴れ時々曇りです.
いばらぎけんなんぶのきょうのてんきはあめのちはれです.

発音すべき音の数は後の文字列のほうがかなり少ないのですが,上のほうがかなり読みやすかったと思います.これは,単語や文章が最初から「漢字」や「読点」で「意味のある塊」に分割されているためで,次にくる単語や文字が予測しやすくなっているからです.つまり,朗読に関しては「次にくるべき記号・単語が予測できれば速く読める」ということがいえます.これは読譜に関してもまったく同じで,次に来る記号が予測できれば,すらすらと楽譜がよめます(のはずです・・).

ではどうすれば,この予測ができるのでしょうか? 予測というのは,「こういう単語がくれば,あとにはこういう単語がくるだろう」という過去の経験に基づいて行われます.ですから,この「過去の経験」が多ければ多いほど予測がしやすくなります.つまり「いろいろな種類の楽譜をたくさん読めばよい」ということになるわけですが,闇雲にたくさん読んでも効率がよくありません.というわけで,どういう譜面をどんなふうに読んでいくのがよいかについて,今後少し考えていきたいと思います.