若きピアニスト

シドニーのハーバーブリッジを渡って10kmほど北に行ったところに Hornsby という街があります。そのあたりにある家に、3日ほど滞在していました。その家は少しかわっていて、ホームステイしている学生が常時 3,4人住んでいるのだそうです。実際、わたしが行ったときはハイスクールの生徒と大学生、Tafe と呼ばれる専門学に行っている学生がいました。ハイスクールの生徒は、日本からオーストラリアに1年間留学している男子生徒で、こちらに来て半年ほど経ったところだそうです。彼もわたしも、久しぶりに日本語で話せる相手ができたので、えんえんと何時間も雑談したりしてました。

それで、その家には何故か居間に古いグランドピアノがありました。わたしがピアノを弾けることを知った彼が、ピアノもあることだし何か一曲弾いてくれというので、簡単な曲を少し弾いたりしました。そしたら、どうやら彼はバッハとベートーベンの曲が好きらしいことがわかったので、月光ソナタの第一楽章を弾きました。

これがどうも彼は非常に好きな曲だったらしく、以後何回も弾いてくれとせがまれることに。何度目かに弾いたときに、そんなに好きなら自分で弾いたら?といって楽譜をもってきて、最初の2小節分くらいだけ弾き方を教えました。彼はピアノを習ったことは一度もなく、両手で曲を弾くような経験もまるでなかったそうなので、さすがにすぐ投げ出すと思っていたのですが…飽きもせず練習し続けること2時間。最初は指が左右で同期してしまったりして、悲鳴が絶えなかったのですが、2時間もするとかなりまともに弾けるようになってました。

あまりに熱心なので、さらに2,3小節ほど続きを教えると、また2時間ほどえんえん練習してました。そうして8時間くらい教えたり練習したりを繰り返して、ついに最初のフレーズのところまで、どうにかこうにか弾けるようになってしまいました。若いというのもありますが、やっぱり好きな曲を弾きたいという熱意なんでしょうね。なんだか、昔のことを少し思い出しました…。わたしも、難しくてあきらめていた第三楽章を練習してみようかな、という気に少しなってみたり。

あくる日、わたしはその家を去ることになり、残念ながら彼へのわたしのレッスンはそこで終わりになりました。彼への餞別には月光ソナタの楽譜と,譜面の読み方を少し書いた紙を残してきました。今度会うときは全部弾けるようになってるから、と彼は言っていましたが…

今頃まだ、まじめに練習しているでしょうか?